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御曹司ジュエリーデザイナーと愛あるセフレになりました

「秋希……、ずっと俺のものでいて」

あらすじ

「秋希……、ずっと俺のものでいて」
 大手ジュエリーメーカーのデザイナーの秋希は、同じジュエリーデザイナーの修哉と、お互いの作品の試着会をする良き仕事仲間だった。
 だが結婚目前の彼女と別れたという修哉から、大人の慰め方をしてくれとせがまれる。七年の間密かに抱いてきた彼への想いを抑えきれず、秋希は彼を受け入れてしまう。
 御曹司の彼となれる関係なんて、よくてセフレだとわかっているつもりだったのに――。

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作:桜旗とうか
絵:まりきち

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 プロローグ

 古い映画館で見た、古い映画のワンシーン。
 どこにでもあるシーンだったし、いま思えば特別でもなんでもないけれど、ベルベットの指輪ケースを気取るでもなく開いた男性と、幸せそうに笑う女性の姿がまだ中学生だった私には新鮮に見えたのだ。
 大人になったらこんな恋をしてみたい。気取らず付き合えて、幸せを感じられるような人と恋がしたい。
 そう思い続けて早十五年。
 私の夢の形は、「そうなりたい」から「そういう人たちの力になりたい」に変わっていた。
 ジュエリーデザイナーになって七年目。私は今日も叶わない夢を見て、実らない恋をする。


 一.

 国内ジュエリーメーカー大手のジュライトジュノーでは、製作工房にデザイナーが入り浸ることは珍しくない。職人と白熱した議論を交わしながら、何度も何度も試作を重ねる。
 埃っぽい空気と、強めの照明熱。機械の音と工房長の大きな声を聞きながら、私は新作ジュエリーの試作をしていた。
 最初は職人さんと打ち合わせをしながら作ってもらっていたが、気づけば椅子を奪い取って作業場に根を張る樹木よろしく居座っている。
 両手に軍手。右手にはサンドペーパー。左手には試作品のペンダントトップ。黒いエプロンをつけて顔にはゴーグルとマスク。完璧な不審者のできあがりだ。
 そんな私の頭をポンポンと叩く人の存在を認識して顔を上げる。
「古賀《こが》はいつ見ても完全武装だな」
 その声に、私の胸は意思とは関係なく踊ってしまう。跳ね上がるような高揚感。柔らかい声音に混じる、ちょっといたずらっぽい抑揚。
 私が七年片思いをしている人だ。
「スーツ汚れるよ」
「かまいやしねぇよ」
 彼は神野修哉《じんのしゅうや》。ジュライトジュノーの御曹司だ。後継者として経営を勉強しながらも、本職であるジュエリーデザイナーとして一線で活躍をしている。
「手、空くか?」
「うん。タイミングぴったりだよ。私も試作品がいまできたところなの」
「手に持ってるそれか。よし、じゃあ恒例の試着会といこうか」
 私と神野くんは同期入社だ。同じジュエリーデザイナーとして七年、一緒に仕事をしてきた。その中で自然と彼とは親しくなって、気づけばお互いが試作した作品を試着し合うようになっていた。
 ゴーグルとマスク、エプロンを外して私は神野くんとともに作業場の外へ出る。作業場には数名の職人が残っているが、一歩外へ出れば無人。ほとんどが帰路についたあとだ。
「神野くんはなに作ったの?」
「指輪と、ブレスレット。女性に贈るならこのくらいがいいかなと思ったんだ」
 五月も終わり、ジュライトジュノーではそろそろ本格的なクリスマス商品が作られ始める。
 アイデアを持ち寄ってデザインから審議するのだが、私たちはチームリーダーとその補佐として、事前審査を先に済ませて試作段階に進んでいた。
「今年はシンプル路線だから石が使いづらくて困っちゃう」
「使っちゃいけないってこともないだろ」
「そうなんだけど、地金の良さを売りたいじゃない。石には負けないわ」
「バイヤーがレアストーンを求めて仕入れに出たって話だな。今回は期待できるぞ」
「なっ……」
「パパラチアサファイアを狙うって言ってたな」
「まっ、負けない……!」
 そんなの、絶対にきれいに決まってるじゃない。
「現地で鑑定取れそうだとか」
「もうやめてぇ!」
 泣きそうになりながら叫ぶ私を見て、神野くんは面白そうに笑う。
 パパラチアサファイアは、現地でその色を見極めることが難しいと言われている。現地と日本との太陽の色が違うせいだ。
 濃すぎるとルビーとして区分され、薄すぎるとパパラチアサファイアとしての価値を落としてしまう。現地で鑑定が取れるということは、パパラチアサファイアとしての質が保証されているということだ。
「今度はパパラチアサファイア限定にしましょ。作りたいー」
「バイヤー泣かせなこと言うな」
 現実的には難しいからこそ、そんな無茶を口にしたくなる。
「古賀、手貸して」
 彼は無造作にポケットから試作品の指輪を取り出して、私が手を出す瞬間を待った。
 心臓がバクバクと早くなっていく。彼にとってはなにということもない、ただの試着会。だけど、私にとっては好きな人が触れてくれる貴重な瞬間だった。
 そろそろこの時期が来ると思って、一週間前から爪を整え、ハンドクリームで手指のケアをしてきた。ネイルまですると意気込んでいるみたいで恥ずかしいから、あくまでも自然のまま。
 おずおずと手を差し出す。
 彼の指先がそっと触れて、私の手を軽く握った。体温が伝わってくるまで、わずか数秒。自分とは違う体温を認識して、顔が熱くなる。耳まで燃えそうで、とてもではないが顔を上げられない。
 右手の薬指に冷たい感覚が滑った。目を向けると、銀色の指輪がはまっている。
 石のついていない、地金だけでデザインをされた指輪だ。蔦の細工を施し、透け感のあるデザインで指を華奢に見せてくれる。
「……きれい……」
「石を置いたほうがいいと思う?」
 手をあちこちに向けながら、悩むふりをした。神野くんのデザインは相変わらず繊細できれいだ。
 本当に、羨ましくなるくらいの繊細な感性よね……。
 細工の先の先まで神経を尖らせていることがわかる。女性をきれいに見せたいという心が伝わる。
 デザイン部長目前の彼を親の威光ゆえだという社員もいるが、決してそんなもので地位を得ているわけではない。神野修哉は人の何倍も努力しているのだ。
 社長の息子が同期にいるということは、入社前からそれとなく噂で聞いていた。どんな人だろうとドキドキもわくわくもしていたのだが、彼は想像以上に社長の息子らしくなかった。
 私の話なんて周囲は気にも留めなかったのに、彼だけは食いついてくれた。いまでも覚えている。初めて言葉を交わしたのは、入社初日の昼休憩。ハンバーグ定食大盛りを食べていたときだ。
 職場の空気にちょっと緊張していた。うまくやっていけるだろうか。コミュニケーションが取れるだろうか。友達とかできるかな――。
 そんな不安を、彼の存在が一気に払拭してくれた。
 憧れたのは言葉を交わすようになってすぐ。
 少し話してみると彼は勉強熱心で、いつからか意見を交わし合うようになった。彼のセンスは同期の中でも飛び抜けていて私が学ぶことは多かったのだが、彼も同じように私の言葉に耳を傾けては意見を取り入れてくれる。そんな些細なことが嬉しかった。
 彼を好きになるまでに時間はかからなかった。
 気さくに話しかけてくれて、ときには口喧嘩をしては仲直りのために同じコーヒーを二人で二本ずつ買っていた、友達初心者のころ。
 笑い合って、しょうがないなとそのままパンを買いに行き、多すぎたコーヒーを二人で飲み干した。
 彼の横顔を見上げるたびに胸がざわつく。いつかこの気持ちを伝えられるだろうかと思案しながらも、私は恋にとても奥手だった。自分から気持ちを告げるには勇気が足りなくて、何度もためらっているうちに、彼に恋人ができたと聞いたのだ。
 私の恋の終わりも、時間はかからなかった。
 考えてみれば当たり前だ。端麗な容姿と大手企業の御曹司。これだけで彼にはいくらでも女性が寄ってくる。その中からだれを選ぶかは彼の自由で、ただの同期を選ぶ理由はない。もしかしたら、心のどこかで神野くんからお付き合いを申し出てくれるんじゃないかと期待していたのかもしれない。そんな夢みたいな話、あるはずもないのに。
 だけど、私の失恋は散って終わりではなかった。私たちの友人関係までが終わるわけではない。私たちがおこなっていた試着会は、そのあとも続いたのだ。
 私と神野くんは作るアイテムが真逆だ。彼は女性向けの繊細なデザインが得意で、私は男性向けの力強いデザインを作るのが好きだった。そうすると、彼と触れ合う機会が増える。それが幸か不幸かはわからない。だけど、諦めなければいけないと知りながら、あの失恋の瞬間から六年も経つというのに、いまだ私は彼に片思い中だ。
 手を天井にかざした。
「石はなくてもいいんじゃないかな。神野くんもそう思うからつけなかったんでしょ?」
「俺も、石には負けたくないなと思ってさ」
「負けちゃえ。パパラチアサファイアが待ってるぞー」
 悪い顔を作ってそそのかしてみたが、彼は「負けるかよ」と引き下がらない。
「古賀に試着してもらったら決心がつくな」
「そ? ならよかった」
「お前は手がきれいだから」
 かざしていた手を慌てて引っ込める。けれど、彼に掴まれて隠すことはできなかった。
「隠さなくていいだろ」
「だって、急に言うんだもん。恥ずかしいじゃない」
「前から言ってるだろ。古賀の手は俺好みなんだよ。でなきゃ試着なんて頼まない」
「あり……あ、ありがと」
 恥ずかしい。恥ずかしい。でも嬉しい。神野くんに気に入ってもらえるものがひとつでもあってよかった。だけど……悲しい。
 どれだけ気に入ってもらっても、試着会以外では彼に触れられることはないのだ。
 彼の手が重ねられ、指が絡んだ。
「ちょ、ちょっと。そんなに触らなくてもよくない?」
「クリスマスに彼女へプレゼントする前提で作ってるんだぞ。渡したら当然手も繋ぐだろ」
「そうかもしれないけど、いまやる必要ある?」
「男からの触り心地も大事だろ」
「だったら彼女とやりなさいよ、もう」
 不満げに言いながらも彼の手を振りほどけない。そうしてしまったら、試着会が終わってしまうとわかるからこそ。
「古賀のも試着したいんだけど。つけてくれないのか?」
「だったら手を離そうよ。動けない!」
「んー……」
 ぎゅむぎゅむと手を握られる。言ってることとやってることがおかしくないだろうか。
「神野くん、聞いてる?」
「気持ちいいから離したくないなぁって」
「ばっ、ば、ばばばか!」
「露骨に動揺しながら罵られるってなかなかない体験だな」
 その体験は自ら引き起こしているのだが。
 ペしぺしと手を叩いてなんとか彼の手から抜け出す。正直、少し名残惜しい。
「つけるから、ちょっと屈んで」
 私が作ったのは、メビウスの輪を象ったペンダントトップだ。いくつも流線を入れてペアで使えるように繊細さにも気を配った。
「運命の輪って、定番だよな」
「いいのよ。飽きないデザインだし、私が好きなんだから」
「古賀ならもっとこう……突き抜けてくるのかなと思ったから」
「突き抜けてない! いつも変なの作ってるみたいに言わないでよ」
 そりゃあ、パンダの鼻だけとか意味のわからないことをしたことはあるけど、あんなのはデザインが思いつかないのに締め切りが迫ってきて、どうにもならなくなった悪あがきだ。チーム全員に引かれたのは言うまでもない。
「ほら、屈んでってばー」
 ボールチェーンをペンダントトップに通して「早く!」と手招きすると、神野くんが少し身を屈めてくれる。
 彼の首筋に腕を回してチェーンを留めようとしたが、なかなかうまくいかない。
「あ、あれっ」
「なにやってるんだよ」
 何度も失敗をする理由なんて、彼にはきっとわからない。
 こんなに近づいておきながら、平然としていられるはずがないのだ。失敗を繰り返すたび早く着けないと、と焦るけれど、このまま離れたくない。
 神野くんっていい匂いがするのよね……。
 近づかないとわからないくらいかすかな香水の匂い。緩く整えるためにつけられたスタイリング剤は、私じゃ聞いたこともないようなメーカーのものだった。
 スーツは立場柄、贅沢でもフルオーダー。休日は一日六時間デザインの勉強をして、ほかの時間は経営の勉強をしている勤勉家。緑が好きで、エメラルドが誕生石だと喜んでいた。彼の誕生日には毎年ハンカチを贈っている。彼も同じようにハンカチを返してくれるので、彼からもらったものはけっこうな数になる。
 いろいろ知っているのに、すごく遠い、大好きな人。こんなに近くにいても、彼を手に入れることはできないのだ。
「おい、古賀」
 その声に気づいた瞬間、脇腹をくすぐられた。
「ひゃあああっ!?」
「不器用過ぎるだろ、俺の膝と腰が臨終を迎えそうだよ」
「ご、ごめんっ。もうちょっと頑張って!」
「お前……」
 呆れた口調に、本気で焦ってきた。
 もたもたと留め具をつけていると、ぎゅうっと身体の周りから力が込められて、人生で一番瞬きをしただろう。
「へ? え? あれ?」
「腰痛い」
「だ、だからって!」
 神野くんがぎゅうっと抱きついてくる。
 こんなので、不自然な彼の体勢が楽になるはずがない。
「ちょっと、離して! 彼女さんから変な恨みとか買いたくないのよ!」
「大丈夫。別れたから」
「あ……そうなんだ。それならよか……」
 ほっとしたものの、首を捻る。別れた?
「よくない! 別れちゃったの!? 結婚秒読みだったのに!?」
「そうなのか?」
「いや、知らないわよ」
 でも順風満帆だと聞いた気がする。
 神野くんが付き合っていたのは秘書課でも段違いの美人だ。だれもが「相手があの人なら仕方ない」と諦められるくらいの美男美女のカップルだった。
 六年近く間付き合っていたのだ。結婚も目前と噂はあったのに、どうしてだろう。
「え、えっと……こういうとき私はどうすればいい?」
「とりあえず俺の腰を開放してくれ」
 そうだった、と手を打って留め具をはめる。ゆったりとつけられるように、長めにデザインをしたが、スーツの上から出すものではないなと苦笑いした。
「デザイン画を見たときはもっとごつい印象だったよな」
「なんだかずっしりしちゃったから、もうちょっと軽めにと思って変えたの。でも男性がつけるならちょっと細いかなぁ?」
「邪魔にならなくていいじゃん」
「そう? だったらその寸法を最終案にして、ブラッシュアップするわ」
 平静を装えただろうか。
 傍目にはあんなに完璧に見えていた彼らでも、恋の終わりは訪れる。それなら、私の片思いが芽吹くことがなくてもなにも不思議じゃない。
 諦めるべき恋。だけど、いまの神野くんには、思い切り背伸びをしたら手が届いてしまう。どんなに卑怯でも、いまの弱り目につけ込めば、もしかしたら――。
 きっとその末路はよくてセフレ。最悪、なににもなれなくなってしまう。友人関係を壊し、恋をすることを諦められないまま彼と離れていくしかないのだ。
「古賀」
 彼がペンダントを外しながら呼びかけてくる。
「んー?」
 私も指輪を外して応じた。
「さっきの質問。どうしたらいいか、ってやつ」
「ああ、うん。やけ酒でもする?」
「しないよ。酒は好きじゃない」
 知ってる。彼と残業をして夕飯を一緒に食べることがあったが、だいたい会社の前にあるカレー屋さんに入る。彼は辛口。私は甘口。そのときに、彼が一度もお酒を口にしているところを見たことがなくて、飲まないのかと聞いたことがあった。彼は苦手なのだと笑った。
「……慰めてくれよ」
「よしよし的な?」
 手を上げて頭をポンポンする気満々でいたのだが、神野くんは妖艶な色を乗せて笑った。
「大人の慰め方をしてくれ」
 弱り目につけ込んだ末路なんて、よくてセフレ。わかっている。
 なぜなら彼には会社のための伴侶が求められて、その相手は私なんかじゃないからだ。だけど、抗えない。七年――。ずっと好きだった。だれかのものになっても、この気持ちを口にしなければ許されると思って想い続けてきたのだ。
「……いいよ」
 友人関係が、この瞬間に終わりを迎えた。

 彼は平気そうな顔をしていたけれど、本当に弱っていたのだろう。
「っ……あ、んっ……」
 首筋に吐息が触れる。体温が近づいてきて、吸い付かれた。
 ひどい緊張に見舞われて、私はほとんど微動だにできない。この先を思えば怖くて仕方なかった。
 あのあと、私は神野くんに誘われるまま工房を出てホテルへ向かった。
 彼は有名な高級ホテルへ行こうとしていたが、あえてそれを断ってラブホテルへ向かってもらうように頼んだ。
 彼ならきっと、これから先もプライベートで高級ホテルを利用する。私だって仕事で利用するかもしれない。だから、少しの残滓も残っていてほしくなかった。終わりがすぐそこにあるからこそ。
 彼の首筋に腕を回した。逞しい体つきにドキドキしながら、経験がないことを悟られまいと懸命に次の対応を考えた。
 思い切って彼のシャツに手を伸ばす。さりげなくボタンを外して誘えば、遊び慣れているとは思われなくとも、経験があるようには見えるかもしれない。
 だけど、手が震えてうまくできなかった。
「秋希《あき》、そこまでしなくていいよ」
 神野くんが私の手を取る。
 下の名前まで覚えていてくれた。それを呼び捨ててくれた。それだけのことが嬉しかった。
 手を取られ、ベッドに横たえられる。覆い被さってくる彼の重みを受け止めると、いよいよ関係の終わりが真実味を増した。いまならまだ引き返せる。それでも彼を拒むことは、私にはできそうになかった。
 服を脱がされ、肌が外気に触れる。彼の唇がゆっくりと身体の上を滑り、大きな手に撫でられた。
「んっ……くすぐった……」
 触れ方が優しすぎる。彼は女性をこんなふうに抱くのかと、知れたことへの嬉しさが半分。悲しさが半分。
「どう触られるのが好き?」
 ブラのホックが外され、ショーツも脱がされる。肌を曝け出す行為はこんなにも簡単だ。もっと軽い恋をして、初体験なんてさっさと捨ててしまえばよかった。そうすれば、神野くんを諦められていたかもしれないのに。
 彼の質問への返答を考えた。
 優しくされたい。彼が普段大切な人を抱くように。でも、私はきっとそれを望んではいけない。神野くんの優しさを受け取るのは、一晩慰めるだけの相手ではないのだから。
「……激しいほうが好きかな」
「そうなのか?」
 きっと彼は優しい行為をするのだろうと考えた。そうでなければ、私にこんな触れ方はしない。だから、真逆をリクエストする。
 経験もないのに、優しいとか激しいとかわかるはずもないのだけれど。
「なるほどな……」
 頷きながら、彼も着ているものを脱ぎ去った。
 初めて男性の裸体を見るが、きれいだ。程よく筋肉がついた胸元も、力強そうな腕も。
 視線を落として腰元に目を向けていくと、頤《おとがい》を掴まれて視線が強引に合わせられた。瞳に吸い込まれそうだ。
「口、開けて」
 言われたとおりに薄く口を開くと、顔が近づけられて舌が口内へ差し込まれる。そのまま舌が絡め取られ、身体がぞくぞくと甘く震えた。
「んっ……ふ……」
 口の中が舐め尽くされていく。上顎にも歯列にも舌が這わされて翻弄される。キスをされるとは思っていなかった。深く混じり合うキスはこんなにも刺激的なのかと焦ってしまう。
 胸元に手があてがわれ、膨らみをやんわりと揉まれた。指先が先端の粒を捉えると、コリコリと硬く尖らせられていく。
「んん……っ」
 少しずつ彼が触れた場所から体に熱が灯る。甘い疼きを伴って、促されるように蕩けてしまいそうだ。
 唇が離れ、彼のキスは身体へと落とされていく。鎖骨から胸元へ流れ、胸の先端が口に含まれた。ちゅっと吸われると、目の前が真っ白になる。
「っ……あ……ぁ、んっ」
 腰が自然と浮いた。
 恥ずかしさはもちろんあるが、それを上回る快感に羞恥心など吹き飛んでしまう。私はこんなにはしたない女だったのかと絶望さえしたくなった。愛されていなくても、肌を重ねれば皆欲求には忠実になれるのだろうか。
「秋希、脚開いて」
 内腿に手が滑らされて左右に割られた。
「待っ……」
 制止を掛けたら経験がないと一瞬で露呈するかもしれない。慰めを求めた相手が、男性経験ゼロだと知ったら彼はどうするだろうか。戸惑う? それとも嫌になる?
 わからないけれど、いい顔はされない気がした。だから、言葉をぐっと飲み込む。
 脚の間に彼の身体が割り込んでくる。
 太股を撫でられ、その手がそろりと恥丘に触れた。
 心臓がドッドッとおかしな音を立てている。頭がくらくらする。ちゃんとできるだろうか。ゴクリと唾を飲み込んだ。
「念を押すが、激しくしていいのか?」
「……い、いいよ。そのほうが好きだって言ったじゃない」
 痛いことは想定内だ。それを多少荒くされたところで大差はないだろうと思っている。だから望むところだと請け合った。

(――つづきは本編で!)

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